夢主義社会トップへ 飲酒運転よりも飲酒そのものが悪い   2008年11月06日  戻る

飲酒は、車の事故のみでなく、様々な問題を引き起こしています。

飲酒は、一時的に、理性を喪失させてしまいます。
理性を喪失した状態では、車に乗ってはいけないという正常な判断はできません。

「酒気帯び運転ほう助」の罪が設けられましたが、飲酒運転を止められなかった周りの人も一緒に飲酒している分けで、理性を喪失しています。
そのような理性を失った周りの人間に、飲酒運転を止められるはずがありません。

したがって、根本的対策は、全面的に飲酒を禁止すべきなのです。

最近の、大阪でのひき逃げ事故も、飲酒から始まったようです。
飲酒したために、車に乗ってはいけないという正常な判断ができなかった。
そして、飲酒により、正常な運転もできず、事故に至った。
さらに、飲酒により、被害者を救助する判断も出来なかった。
つまり、飲酒した時点で、この事件発生の運命は決まっていたのです。

でも、今の日本社会では、政治や会社の経営方針等の重要なことは、酒の席で決められていることが多いようです。
そして、正式な会議の席では、上辺だけの確認になっているようです。
酒の席で、酒の勢いで、理性を喪失した状態で、重要なことが決められてしまっている日本社会が、腐敗するのは当然の成り行きと言えます。

政治家や会社の経営者が酒の席を大切と考えている日本社会では、飲酒による犯罪に甘い対応が多く、飲酒による犯罪が増加する要因になっているようです。