夢主義社会トップへ 疑わしきは裁判へ※検察と裁判所の役割は違う   2010年10月26日  戻る

検察の取り調べは、密室での取調べであり、国民には、全く状況が分かりません。
そして、検察は、明らかに有罪と判断できるような証拠が無い限り、起訴しません。
つまり、検察が、密室の中で、裁判所に代わって独断で、無実の判決を出している訳です。

本来、裁判は、公開が原則です。
裁判の場で、状況を公開した上で、有罪・無罪の判決が出されます。
これにより、国民は真実を知る事ができます。

最近、特捜部の信頼が地に落ちていますが、
これは、たいへん良い事です。
そもそも、特捜部を信じて頼る事が問題なのです。
特捜部が裁判所の役割までも果たそうとするから、無理が生じます。
その無理が、冤罪を作り、逆に、凶悪犯罪を隠蔽する事もあります。

本来、検察の役割は、疑わしきは裁判へであるべきです。
そして、裁判の場で、状況を公開した上で、疑わしきは罰せずの判決を出せば良いのです。
検察と裁判所の役割は違うという事を認識すべきです。

同時に、国民も、起訴されたから悪人に違いないという発想を改める必要があります。
あくまでも、有罪・無罪は、裁判の場で、状況を公開した上で判断されるべきです。

さらに、無罪の判決が出ても、疑わしきは罰せずに基く判決です。
真に無罪か否かは、国民一人一人が考えるべきです。
国民は、検察や裁判所の判断を鵜呑みにしない事が大切です。

<補足1>
民主党の小沢氏は、当初、「逃げない」と言っていましたが、実際には、
強制起訴から逃げようとし、
証人喚問からも逃げようとしています。

無実ならば、裁判で正々堂々と、証言すれば良いでしょう。
にも関わらず、何故、民主党の小沢氏は、アレコレと裏工作で、逃げ回るのでしょうか?

裁判で公開したくない真実があるのでしょう。

民主党の小沢氏は、検察審査会の議決を違法として、
強制起訴に向けた手続きの停止を申し立てていましたが、
東京地裁に続き、東京高裁も、手続きの停止を認めない事を決定しました。

「検察審査会の議決が違法という主張は、
起訴されてから刑事裁判の中で判断されるべき問題である」
との判断のようです。
大変筋の通った、もっともな判断です。

最近、モンスターペアレント等の様に、理不尽な要求を繰り返す人が増えているようです。
民主党の小沢氏も、同類です。

モンスター議員の小沢氏に、東京高裁が粛々と対応している感じです。

しかし、裁判で説明する気が無いならば、国会招致で、
国政調査権に基く証人喚問で説明責任を果たすべきです。
原則非公開の政治倫理審査会は、無意味です。

<補足2>
検察審査会の議決は、善・悪の判決を下す訳ではありません。
裁判という公の場に出すだけです。
あくまでも、判決は、裁判官が行ないます。

検察審査会の議決が違法と主張したいならば、
起訴されてから刑事裁判の中で主張すれば良いです。

裁判は、国民の権利です。
裁判を求める行為を違法とするような行政訴訟は有り得ません。
検察審査制度を否定する行為は、国民の権利を著しく侵害する行為です。

<補足3>
小沢氏は、何としても、裁判の場には出たくないようです。
あくまでも、小沢氏は、国民に真実を説明したくないのでしょう。

そもそも、裁判に訴える行為は、だれでも行なえます。国民の権利
それを、今までは、検察が独断で判断して止めていたのです。
その結果、不透明な検察の取調べが重視され、暴走してしまいました。

今の検察は、無能であり、事実関係を調べる能力が無いようです。
そのため、自白に頼る以外に手段を持ちません。
舌先三寸で、自白を強要するのは、正に、詐欺師集団・恐喝集団です。

逆に、自白しない人を、起訴する能力を、検察は持っていません。
従って、極悪人でも、強い意志を持って自白しなければ、起訴できません。
極悪人は、強い意志を持っています。

無実の善人が、冤罪に陥れられ、
極悪人は、罪を問われない、
これが、今の日本の真実です。
正に、悪の社会です。

本来は、どんどん裁判に持ち込み、公開の場で判断するのが正しいです。

検察が信用できない現状では、検察の取調べは無意味です。
今後は、検察の判断とは関係なく、裁判に持ち込まれるケースが増えるでしょう。
それこそが、正しい司法の姿です。

検察は、法律に従うだけです。
検察は、法律の不備をチェックできません。

でも、国民は、法律の不備をチェックして、法律を変えるように働き掛ける事ができます。
このために、裁判では、公開の原則があります。

仮に、裁判で、有罪にできなくても、
国民は、議員を選挙で裁く事ができます。
また、国民感情に、時効はありません。
歴史の中で裁く事も可能です。

国会議員には、説明責任があります。
民主党の小沢氏は、真実を細かく説明すべきです。
検察への説明よりも、誠心誠意、細かく説明すべきです。

「何の不正な問題も無いという結論を得るように全力を尽くす」のではなく、
事実を隠さず、正直に臨む事に全力を尽くすべきです。

我々国民も、判決よりも、
小沢氏が、裁判に正直に臨んでいるか否かという姿勢をチェックすべきです。

夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。