論文:なぜ、赤字プロジェクトを繰り返すのか?    2004年02月15日更新
(赤字の原因は売上重視の営業活動にあるという個人的な考察)

1.はじめに:
 よく耳にする赤字プロジェクト・赤字商談・問題プロジェクト。このようなプロジェクトは、他の健全なプロジェクトの利益を食べ尽くすぐらい赤字になります。
 「なぜ、赤字プロジェクトが発生したのか?」その原因を明確にしていないために、「赤字プロジェクトが繰り返される」のではないでしょうか。
 本来ならば、赤字プロジェクトの事実関係を明確に記録し、分析し、結論を得る必要があります。
 もちろん、結論は、一つではないはずです。人それぞれの立場・考え方の違いにより、違った結論が出るはずです。
 しかし、事実は一つです。その事実を正確に記録し、その情報を公開することが大切だと思います。
 現状では、事実よりも、人それぞれの立場・考え方により判断された結論のみが、口頭で伝えられていると思われます。
 この発表により、事実を正確に記録・公開することの重要性を再認識して頂ければ幸いに思います。

2.私の立場:
 赤字プロジェクトの情報については、第三者として、情報を得る場合と、私自身、赤字プロジェクトにメンバとして参加していたこともありますが、その事実関係は、わからないままプロジェクトに参加していました。
 そのような私が、このようなタイトルで発表するのは出過ぎた行為なのですが、(事実関係を知らないなら黙っていろと言われそうですが)それでも、一つの考え方として、発表させて頂きます。
 この発表は、既存のプロジェクトを例にした発表ではなく、仮定・憶測に基づいての、一つの考え方として、発表させて頂きます。

3.赤字プロジェクト発生のストーリ:
 一般的に、赤字プロジェクトの要因として、SE側としては、見積ミス、プロジェクト管理ミス等が上げられます。これらは一般的なことであり、改めて言うまでもなく、常に意識されているはずです。それでも、赤字プロジェクトが繰り返されるのは、本質的な原因が、もっと別のところにあると考えなければなりません。
 見積ミス、プロジェクト管理ミスというのは、その商談がある程度固まった以降の話です。本質的な原因を考えるには、その商談が固まる以前の、もっと上流工程を見直す必要があります。

3.1 システムの価格とは?
 顧客が当社に発注を決定する過程において
 ・顧客の頭の中では、
 @新システムのイメージ
 Aそのシステムによるメリット
 Bそのメリットの価格
 ・当社では、
 @現行業務の調査
 業務要求の分析
 新システムのイメージ確認
 A計画立案
 B作業工数見積もり→価格決定
 この結果、顧客と当社との間で折り合いがつけば、受注となります。

 3.2 見えないものを見積もる
 ここで問題なのが、見えない部分をどう見積もるかです。当然、SEは、見えない部分を、多めに見積もります。
 ※多めに見積もったと言っても、実際にはもっと掛かるかもしれないわけで、不当な見積もりではなく、正しい見積もりです。
 この価格が、顧客の予定と大きく異なる場合、営業は、SEに対して、見えない部分を小さく見積もるように依頼します。
 ※この辺から徐々に無理(歪み)が生じて来ます。
 見えない部分を小さく見積もったとしても、まだまだ顧客の価格には届きません。営業が、顧客と交渉しても、顧客の予算は変わりません。顧客にとってシステムの価格は、SE工数がいくらかかるかではなく、システム導入のメリットで決まることだからです。

 3.3 何が何でも受注したい
 そこで、営業は、さらに、SEに対して、小さく見積もるように依頼します。見えない見積もりを小さくしろという行為が間違った行為であり、そのための作業が無駄な作業となります。
 本来は、より詳細を積めることが重要な時期に、意味の無い作業に時間を費やすことが問題です。とりあえず、仕事がほしいSEの願望も入ってきます。
 無理・背伸びの繰り返しが、破綻へ・・・

3.4 赤字プロジェクトの種は蒔かれた
 こうして受注した商談は、数字上は利益が出るかのように調整されていますが、実態は大きな赤字の可能性を持っています。というよりも、赤字になって当然の状況が整っていると言えます。

4.赤字プロジェクトの繰り返し:
 (慎重→自信→太っ腹→破綻)
@1年目:慎重
 一度、大きな赤字プロジェクトが発生すると、その後、最初の内は、営業マンもSEも、気を引き締めて、慎重に余裕を見て見積もりを行います。
A2年目:自信(喉仏過ぎれば)
 1つ目のプロジェクトが無事終了すると、自身が付き、少し無理な(余裕の無い)商談を受けます。
B3年目:太っ腹
 2つ目のプロジェクトもSEの頑張りでなんとか正常に終了すると、営業マンは、かなり太っ腹な気持ちになり、さらに無理な(余裕の無い)商談を受けます。
 SEは、そのシステムを完成させようと頑張ります。その結果、残業を繰り返し、赤字プロジェクトになります。
 つまり、人間の心理的な面から、周期的に赤字プロジェクトは繰り返される可能性を持っています。

5.赤字プロジェクトの本質的な原因
 この状況に至るにおいて、何が問題だったのか。
 SEは、営業マンが商談を取ってきた以上、そのシステムを完成させようと頑張っただけで、問題ありません。また、そうせざるを得ません。
 問題は、なぜ、その商談を受注したかです。

5.1 売れるものなら何でも売る
 本来、営業マンが受注した商談が、当社のSEの技術力を活かせる商談であれば、顧客の望むシステムを、顧客の望む価格の範囲内で提供することができたはずです。
 それが,顧客の望む価格を大幅に超えるということは、当社のSEに、その技術力がなかったということになります。
 確かに、新しいことにチャレンジすることは大切ですが、その場合には、予算を大幅に超える(赤字になる)ことを明確(商談伺い)にした上で、受注すべきです。しかし、大幅赤字では、社内制度上、認められません。
 では、何故、このような商談を受注することになったのか、または、赤字になることを隠して受注したのか?
 それは、現在の営業活動が、受注・売上重視であり、とにかく数字を確保する必要があり、「売れるものなら何でも売る」という発想に固執しているからです。
 このため、当社SEに技術力が無くても、また、赤字はできるだけ隠して、受注することになります。

5.2 営業の頑張りは、顧客の説得よりも社内SEの説得に向けられている?
 営業マンの立場から考えると、頑張って受注したのだから、後は、SEで頑張って、システムを完成させてほしいと思うでしょう。
 ここで、営業マンの頑張りが、顧客から、より多くの受注金額を受けることに向けられれば良いのですが、顧客の予算は、システム開発工数に対しての金額ではありません。そのシステム導入による価値(メリット)です。
 当社の都合で、費用が掛かると顧客に説明しても、受け入れられません。結果的に、SEを説得して、より少ない受注金額で受けることに向けられることになります。
 営業とSEが話し合った場合、舌先三寸の営業の論理が優先されることになります。
 問題なのは、「営業マンの太っ腹な気持ち」「何が何でも受注したい」という姿勢に問題があるのではないでしょうか。
 昔は、受注=利益であり、とりあえず受注すれば、予算オーバーしても、オーバー分を顧客と折半の余地がありました。しかし、現状では、余裕のある会社はなくなり、予算厳守です。したがって、昔の発想で安易に受注すると、受注=負債(赤字)の可能性が高くなります。

5.3 営業の評価が売上重視
 仮に、6億円掛かるシステムを、顧客が3億円しか出せないと言ったので、社内SEを説得して、3億円で受注。
 この時点で、担当営業は、3億円の受注金額に対して高く評価されるでしょう。
 このシステム開発に3年掛かるとして、最初の2年は、数字の操作で何とか利益が出ているかのように処理できます。(※不良債権の先送り)この時点でも、未だ、担当営業は高く評価されます。
 しかし、3年目には行き詰って、赤字計上となります。(※破綻)
 この時は、担当営業は低く評価されます。
 結果として、担当営業は、3年の間で2年は高く評価されて、個人的にはメリット有り。
 ※銀行の不良債権処理に似ている:
 銀行自身は、不良債権で赤字状態でも、社員(幹部社員)は、依然として高い収入を得ている状況に似ています。

5.4 だれも責任を追及されない?
 大きな商談を受注すると高く評価されるが、それが、大きな赤字になったとしても、マイナス評価はされない。また、個人的な責任を問われない。「だれも責任を取らない会社だ」と言う声もよく耳にします。
 たいへん寛大な(太っ腹な)発想の会社であり、それが和やかな会社の風潮を作り出しています。確かに雰囲気としては良いのですが、会社として、それで良いのかと考えると、問題です。大企業病としか思えない風潮ではないでしょうか。

6.赤字プロジェクトの防止案:
 対策を考える場合、従来の延長線上で考えていたのでは、効果的な対策を見落とすことになり、単なる時間の浪費になってしまいます。
 ここでは、従来の発想とは逆の発想で、さらに、従来はタブー視されていた対策も取り入れて、赤字防止案を考えて見ました。

6.1 当社の強みを売る
 「売れるものなら何でも売る」ではなく、「当社が既に持っている技術力を活かせる商品・サービスのみを売る」ことにより、顧客のイメージするシステムを安く(顧客の望む価格)提供することができます。
 このためには、営業主体の営業活動ではなく、SEが主体となり、SEから営業に対して、「このような商品・サービスを、このような形で販売しろ!」と指示する必要があります。
 また、商談を探して来るのは、営業でも良いのですが、受注する、しないの最終判断は、SEが行うべきです。

6.2 利益重視の成績評価
 営業の評価を、売上重視から利益重視に変えれば、営業マンの考えも大きく変わると思われます。但し、長期的な商談では、一時的に数字の操作で利益が出ているかのように処理することもできるため、商談途中は仮の評価とし、納品完了時に最終評価を出し、仮評価の差分を調整するといった評価方式が必要です。
 さらに、納品完了後のアフターフォロー・メンテナンスでの利益も考慮すべきです。
 このような評価制度により、営業マン一人一人が、その商談に対して最後まで責任を持つ意識が徹底されます。逆に、「後で責任を追及されるような商談は受注しない」という意識に変わります。
 「頑張って商談をとってきたのだから、後はSE部門で頑張ってなんとかしろ」という無責任な発想の排除が大切です。

6.3 関係者の転勤・職種転換
 一度、赤字プロジェクトを手掛けた営業担当者及び、その幹部社員は、その発想において、赤字プロジェクトを繰り返す可能性を持っています。
 その発想転換のために、営業関係者を転勤、またはSEに職種転換等の異動を行うことが必要です。
 一度失敗したから、その経験を活かして次回からは改善されるだろうという発想は、何の対策も取らない無策と言えます。逆に、何の処分もしないということは、その営業関係者の行為を認めることになり、今後も繰り返し同様の行為を行って欲しいと言っているようなものです。

6.4 営業幹部社員の基準
 営業幹部社員には、営業成績が良い人よりも、ルールを守れる人が望まれます。
 営業成績が良いのであれば、そのまま一担当として営業活動を続けて頂いた方が、会社にとってメリットがあります。

6.5 営業部門の廃止
 営業部門は、販売専門の部門ですので、どうしても売ることが第一になり、「何が何でも受注したい」という姿勢になり、結果として、無理・無駄が発生します。
 そこで、営業部門を廃止し、「業種別のシステム部門の中で、あるときはSE、またあるときは営業を行う」という大幅な構造改革(リストラクチャリング)を行います。
 これにより、必要な業種知識を身につけ、当社の強みを意識した商品・サービスの販売が可能になります。また、営業マンとSEとの間のギャップも無くなります。
 また、市場の状況によっては、いくら営業活動をしても、受注は難しいという時があります。そういう時には、一時的に営業活動を停止し、既存顧客のシステム開発やアフターフォロー・メンテナンスに力を注ぐこともできます。

7.まとめ
 赤字プロジェクトを無くするためには、一人一人の意識が大切ですが、その意識を決定しているのは、社内制度、社内組織です。
 正しい社内制度、社内組織を構築し、社員全員に徹底することが、赤字プロジェクトの撲滅になり、さらには、健全な会社経営に通じると考えます。